2014年2月14日金曜日

14「帰ってくるさ。また会えるさ。」試し読み終了

 8.

 ユラもユラで忙しいみたいなのと、察してくれたのか何も聞いてこなかった。大会の日までは普通に仕事をしたり、ベジタリアンに連れられてトレーニングをしたり。逃げる練習ばっかだけど。色んなヤツに声をかけているみたいで、何人かとは顔見知りになった。トレーニングの後は、病院で精密検査を受けたりして。そこまでする必要あるのかな?筒状のマシーンに入ってブーンと光が体をなぞる。

 ある日店番をしていると、肉が食えなくて【略】8倍強い男がやってきた。いつもと同じ。肉を前にして脂汗を流して拳を握り締めている。うわ、手の平から血が出てない?何かブツブツと言っているから、耳をすましてみると……。

「……次こそは、次こそは、次こそは……。」

 呟いていた。やっぱり肉は買わずに帰っていった。なんだったんだあいつわ。けっこうヤバイ思想の持ち主だったんじゃあない?その日を境にして店には来なくなった。


 そして選別の日。ユラが目を覚ます前に家を出る。声を聞くと怖気づいてしまいそうだから。朝日が上りきる前のわずかな時間。冷たい空気の中の我らが住まい。ボロっちいバラック屋根も少しだけ神々しいような、神秘的なモノを感じさせる。廃材を寄せ集めた粗末なつくり。発電とかはしない飾りだけの風車がカラカラとまわっていた。

「帰ってくるさ。また会えるさ。」

 そう呟いて、選別の会場に向かった。


原題『エスカレーターガールズ「T」』続きます。これにて試し読みは終了です。もしも、全部読みたい!という方は、『劇団ヤルキメデス超外伝』までご連絡くだされば。

13「情けないけど死にたくない。」

「この選別で一番大事なことを教えてやろうか?」
「?」
「何があっても死なないこと。ケツまくって逃げ回れるヤツがなんだかんだで生き残るもんさ。」
「なんか、情けないね。」
「……見てみろ。あいつらみたいに参加する前から雄叫びを上げまくっているようなヤツらはすぐ死ぬ。一人殺した後に殺されるか、その逆さ。」
「へ、へぇ。」

 そんなモノかな?と思えた。確かに、ひゃっはー!ってなっている間に別のひゃっはー!に殺されるとかあるのかも。

「……一番死なないのは、案外お前みたいな臆病なビビり屋さ。」

 急にグっと顔を近づけてきて、さっきより低い声でそう言って、赤い丸いモノを机の上においた。

「何これ?」
「お守りさ。」

 そうしてほとんど乱痴気騒ぎだった選別説明会は終了し、家に帰った。ユラはまだ帰ってない。赤い丸いモノは古臭いバッチで、手の上で転がしていると裏面に小さな紙が挟んであるのに気付く。細かく几帳面な感じで何かが書いてある。

『このバッチをつけている連中は仲間だ。死にたくなかったら同じバッチをつけているヤツには手を出すな。とにかく逃げろ。最後まで残れたら命は助ける。』

 ……最後まで残ったら死んでないっつーの!と思う。よく分からないけど、何かに巻き込まれている?のるかそるか?信じるか信じないか?改めて自分の細腕を見ると……さぁ、どんな風に逃げ回ろうかな?情けない。情けないけど死にたくない。

12「全然そんなの無視して、見ないようにして生きていくのもできたのじゃないだろーか。」

 7.

 選別の内容は、すごくシンプルに「【略】」。【略】もさばいている肉屋のオレが言うのもなんだけど、改めて考えると……。

「ドン引き。」
「な、内容だろう?」

 言葉のお尻にくっつけてくる。ちょっとむっとする。

「こういうのアストロノーツに必要なんすか?」
「危機管理能力、生存能力のテストなんじゃないかと言われているよ。」
「ふーむ。」

 ベジタリアンの男から選別とセレモニーのあれこれを聞かされる。生存能力か、なるほどね。そう考えるとユラの業界からも選ばれる理由もなんとなく分かるような気もした。まぁ、宇宙にも【略】必要なんだろう。

「全員で一斉に【略】優勝。実にシンプルだろう?」
「まぁ、確かに。」

 あー、死ぬな。どう考えても死ぬ。死ぬ死ぬ。なんで引受けちゃったかな?ユラと盛り上がりまくったのもあるけれど、全然そんなの無視して、見ないようにして生きていくのもできたのじゃないだろーか。平々凡々に楽しい日々を過ごしていっても良かったのじゃないか?参加するにしても何年か後とかさ……頭がチクリと痛む。

「あの街での視聴率も良いそうだ。」
「え。」

 同じ部屋にいる別の店の店員、参加者達は「イーヤァァッ!」とか「フゥゥッ!」とか張り切っている。でも君ら多分死ぬよ?しかもお互いで殺し合って……。髪をぐしゃぐしゃして、そんな風に考えているとベジタリアンが肩をポンと叩いた。

11「精神が、魂も空に上っていくとするならば、もうあの街に届いているかも。」

 愛し合う。満たされないから満たそうとして、足りないから補おうとする。私とユラはそんな感じだった。この街の人間は形式はどうあれ全員が親無しだ。世界と自分を分ける境界は体の一番外側?皮膚??もしくは自分の視界や意識、概念が及ぶ範囲なのか分からない。ただ寄り添うことで、混ざり合うことはなくても、【略】、それらを感じることで世界に対する自分の領域を増やせる……そんな風に本能が感じているのかもしれない。

 愛し合う。心と体の境界が溶けるような。【略】、ただただ優しい。熱と熱が混ざり合い総量が増え、その一部を放射しながら、私とユーラは【略】続ける。精神が、魂も空に上っていくとするならば、もうあの街に届いているかも。天使様達の住む街は光に溢れ、爽やかで、健やかで、清潔で。七色の天蓋でこの不浄なる世界から隔たれている。その世界へ私達も……向かっているというイシだけで、心が満たされ溢れてくる。


 私は死んで、ユラだけがあの街に行くかも知れない。選別の内容はユラには伝えられなかった。それがラブ・レターとなるか、遺書となるか。分からないけど、私は手紙を……というには短いけど、手紙のようなモノを書くことにした。

『愛してる。次は空の上で合おう。Tugu。』

 ちょっと気取り過ぎかな?と思ったけど、アイドル風のサインは良く書けたと思う。これを読んだらユラのヤツ……オレのことを惚れ直すかな?

10「捨てたモノの中に宝物が混じっているように、この街の人間にもチャンスが残されている。」

 だけど、捨てたモノの中に宝物が混じっているように、この街の人間にもチャンスが残されている。それが4年に1回の選別によるセレモニー。あの街にはない汚れの中から飛び抜けた才能は、人類が宇宙へ向かう礎の一端としてあの街に招待される。色々と難しい話も多い。難しい技術は特に分からないけど、XとYがなんとかかんとか。あの街では私でも、私達でも子どもを作ることができるということだった。不確かだから不安で無理だから諦めていた。そんな心のヒビが埋まっていくように感じた。

「じゃあ、オレもiraで上れるように頑張ってみるよ。」

 ひょうたんからこま。せいてんのへきれき。ピッタリの言葉が思い浮かばないけど、ユラが選別に参加することを聞いた時に、全てが繋がった。「じゃあ」なんてぶっきらぼうに答えたけど、本当は湧き上がってくるモノで【略】。

「リーフレットとか教典に書いてあるじゃん。ジョーシキ。ジョーシキ……。」

 これも小さな嘘。本当はベジタリアンに連れられて色々と勉強会みたいなのに参加していた。教典なんて最初の方くらいしかパラ読みしたことなかったし。あの宗教の目指すところは、街に従い死ぬこと。それが当然で……でも今までは自分に関係ないことだと思っていたし、ユラと分かれるのヤだったから、考えもしなかったけど……。

 ん?どうやら私は心の声を言葉にして話していたらしい。それに気付いたら、もう留まるモノは何もなかった。

「ホント!ホント!私達、本当に一緒になるんだから!」

9「 私達の心には闇がある。」

 6.

 私達の心には闇がある。生まれた時から、物心がついた時から、できそこないだと知らされて生きていく。だから享楽的で、自暴自棄でやけっぱちで、他殺も自殺も多い。生きる意味を見つけることができなくて、ただただ毎日をジャンクに生きている。ただ脳を興奮させながら……でも夢はいつか醒め、正気に戻った瞬間に死んじまうヤツは多い。そういうヤツも何度も見てきた。【略】。

 もしくは、あの街を信じるかだ。私達はあの街から来た。ただただあの街に戻れることを信じて願う。ソレがこのマチでもっともポピュラーなシュウキョウです。私もユラもそれほど熱心な信徒じゃあないけど、子どもの頃からあの街に憧れがあった。キってもキりハナせないカンジョウだ。二人であの街に住むことが出来たら……。

 生きている意味なんて分からない。生まれてきた意味も分からない。愛なんてオオゲサなモノは知らない。この街でも、あの街でも、私はユラがいればそれでいい……だけど、芽吹いてしまったあの街への気持ちは、どうしても否定することができなかった。


 それから私は、時々店に来るベジタリアンの話を聞いたり、連れられて宗教の会合に参加してみたりした。今まで知らなかったことも色々と知った。あの街がある理由。この街ができた理由。私の知らないこの世界。星の姿。あの街に住む方々はアストロノーツの候補生で、この街に堕ちてきた私達みたいなのは、遺伝子レベルで適性がないと判断された人間。選ばれなかった烏合の衆。勝手に人口が増えないように生殖能力は削除されて。その一方で、定期的に選ばれなかった子どもが降りてくる。それがこの世界。

8「一度は否定しても、胸の中に湧き上がってくる感情が、その否定を否定する。」

「この前に話していたことだよ。スカウトに来たんだ。」
「あんた劇団の人?」
「いいや。」
「あ、そう。歌には自信あるんだけどなー。」
「セレモニーのスカウトに来たんだ。」
「セレモニー?」

 言葉の響き的には、お芝居とかコンサートみたいな感じだけど?なんだろう?こんな肉屋に?iraの中でも、もうちょっとマシな店はありそうなモノだけど?

「まぁ、詳しいことは店長と話すが、君も考えておいてくれないか?」
「セレモニーって何すかね?」

 男はすんとすました感じで笑い、少し見上げて言った。劇団の人じゃないけど、その動きは今までの淡々とした感じに比べると演技がかっていた。

「あの街に還る儀式さ。」
「え。」

 見上げた先にはあの街の底があった。黒くて、高さが分からないくらいに大きくて。……あの街に。そう聞くと、無闇に胸がときめいてしまった。お金持ちが招待されるなんて話は聞いたことあるけど、それとはまた別の……?その日の仕事の終わりに店長からかいつまんでだけど話を聞いた。その選別はあまりに過酷で、どう考えても死ぬ確率の方が高いのだけど、何故だかそれを否定できない。一度は否定しても、胸の中に湧き上がってくる感情が、その否定を否定する。心の中が、あの街でいっぱいになった。逃れようとしても逃れられない感情だった。

 ユラはどう思うだろう?もしも、ユラもセレモニーに参加するなら断る理由は全然ない。だけど、どうしようか。どうしよう。どうしたら……。

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